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主に不可欠な能力

 SMの主者が満たすべき能力のうち、特に重要なものは何か? 私は、次の二つではないかと思う。一つは、安全管理に関する十分な配慮。そして、もう一つが他人に対して適切な尊敬を抱き続けられることだ。

 先ずは、安全管理について。緊縛の中でも、何本かの縄で全体重を支える「吊り」は大きな危険を伴うプレイだが、浣腸やアナルセックスなどにも様々なリスクがある。首輪や口枷も、場合によっては凶器になりかねない。

 縛った状態でのセックスは、縄掛けの仕方や強さによっては末梢神経損傷を起こすことがある。また、マゾヒストに望まれたからといって、安易に両手で首を絞めれば窒息につながる。

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日常と非日常

切れなくなるスイッチ

 周囲の状況に合わせて、人間は様々な顔を見せる。どれほど豪放磊落がウリの人であっても、例えば天皇陛下の前では普段どおりには振舞えないだろう。特別な思想とかに関わりなく、そうである筈だ。

 そこまででなくとも、家族と過ごす時間と、仕事関係の人と接する時では、言葉遣いや話す内容が大きく異なるはずだ。これは、大人として生きてゆくうえで必要な能力だ。出来ないと損をするし、周囲にも迷惑を掛ける。

 しかし、その人の個性というか、基本的な考え方は変わらない。周囲の環境に合わせて、表現を変えているだけだ。意識して別人を演じたり、人を騙そうとしていたり、解離性同一性障害(多重人格障害)であるなら別だが。
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日常と非日常

矛盾する性欲と志

 一方に性欲、征服欲、嗜虐願望などがあり、一方には他人に喜びを与える生き方がしたいという志がある。これらの動機は、同じ価値平面にないとも言える。すなわち、この二種類の精神ベクトルは、互いにねじれの位置にあるとも考えられる。

 性欲や征服欲だけで生きている人間がいるならば、問題なくこれらを処理できる。何も悩まなくていい。望むままに果実をもぎ取り、美味なる果肉を味わった後の芯は捨て去ればいい。分け合うことも、人に与えることも、ともに生み出す喜びも必要ないのだから。

 だが、多くの人間は正しい在り方に憧れを抱いている。人と睦み合い、良さを活かし合い、喜びや悲しみをともにする生き方をしたいと、自覚のあるなしに関わらず心のどこかで望んでいる。だから、人は苦しむのだ。
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日常と非日常

門をくぐらない勇気

 詳しく聞いた訳ではないが、主従関係になることをサディストの側が拒んだ例をいくつか知っている。もちろん、相手がマゾヒストとして好みじゃないとか、躾がなっていないとか、そういう話ではない。

 一つは、ぼくのケースと似ている。人間として尊敬できる相手から、ご主人様になってほしいというような打診を受けた男性の話。主従関係になることを彼は熟慮の末に拒んだ。結果として、大切な友人を失わすに済んだ。

 もう一つは、M女さんの側から伺った話。彼がご主人様になるよう、逢瀬のたびにそれとなく水を向けているが、彼「一人の人間として、君をきちんと愛したい」と言って、恋人としてのあり方を変えようとしなかった。
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日常と非日常

心の三半規管

 SMを知ることで、その主従関係が通常の人間関係を蝕んでしまうのは、稀な事なのだろうか。いや、決して稀ではないはずだ。その種の葛藤は自分でも経験したし、また他のカップルでも目にしたことがある。

 ぼくの場合は、絶対に混同はしないつもりでいた。最愛の恋人が気持ちよくなってくれるから、セックスの最中は意識してサディスティックに振舞っていたつもりだった。

 女性を縛って犯したり、裸で外に連れ出したり、そういう願望がなかったと言えば、それは嘘になる。しかし、性的願望と現実に出来ることの間には、大きな隔たりがあった。出来ないことだと、自分でもわかっていた。

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日常と非日常