恋愛とSMの違い

 SMにおける最大の相克(矛盾)は、「マゾヒストのパラドックス」や「サディストのパラドックス」で書いたように、「愛する人の主や奴隷になった途端に、あなたが愛した彼または彼女が次第に姿を消し始める」というパラドックスだ。

 相手がサディストとして優れていればいい、美しくて淫らで従順なマゾヒストであれば、それ以上の個性や人格を求めないというなら、この種のジレンマは生じない。むしろ、それは望むところである筈だ。

 恋は混沌としていて、予測がつきにくい。どちらが相手にどんな喜びや影響を与え、どちらが主導権を持ち、どちらがどんな形で相手を支えるか。その展開や役割は流動的であり、理想のありようが一つではないことがそれぞれを鍛え、混沌から人は自分の生き方を学ぶ。
 これに対して、SMの理想形ははっきりしている。主は包容力を持って支配し、奴隷は献身を旨として服従する。もちろん、SMはカップルの数だけあるし、その理想形を目指す経路は様々かもしれない。しかし、SとMの向き合い方はとてもよく似ている。

 恋愛が役割の自由度が高いのに対して、SMはそれが低い。恋愛の相手への働きかけは自由かつ多彩にあるに対して、SMでは支配と服従という形で固定されている。例えば、主人に意見する奴隷は、既に奴隷とはいえない筈だ。

 もちろん、そうでない恋愛、そうでないSMは存在するだろう。しかし、分布状態を見た時、基本となる枠を外れているカップルの比率はごく少ないと思われる。

 両者は、これくらい違うのだ。だから、どちらかを選ばなくてはならない。そう考えるのが、妥当な思考というものではないだろうか。
「恋愛とSMの違い 」 is writed by マスターOB@SM主従関係の相克.
category
恋愛とSM
genre
アダルト
theme
SM